南谷健太
森・濱田松本法律事務所 弁護士
南谷健太
森・濱田松本法律事務所 弁護士
弁護士(第二東京弁護士会所属)、公衆衛生学修士(MPH)。東京大学経済学部経済学科卒業、慶応義塾大学法科大学院修了、ハーバード大学公衆衛生大学院修士課程修了、スタンフォード大学ロースクール修士課程修了。労働法・ヘルスケア等、人々の健康に関わる幅広い分野の法律問題を取り扱う。また、パブリックヘルス(公衆衛生)やプラネタリーヘルスの概念をビジネスセクターや法曹界に広めるべく、情報発信や講演等の実施、政策提言への関与など、多方面で活動。著書に『労働事件ハンドブック改訂版』(共著、2023・労働開発研究会)、『ヘルステックの法務Q&A[第2版]』(共著、2022・商事法務)等多数。2022年~2024年に人事労務分野でThe Best Lawyers in Japan: Ones to Watchを受賞。
Chapter1:生い立ち 〜 ヘルスケアとの出会い
千代谷
これまでの人生の歩みを教えてください。
南谷
私は、岐阜県の羽島市で生まれ育ちました。新幹線の岐阜羽島駅があるので、その関係で耳にしたことがある人がいるかもしれません。
人口7万人に届かないぐらいの小さな市なのですが、僕はさらにその中でも人口が3000人ぐらいしかいない町の出身です。
田んぼが一面に広がり、そこに家が点在するような、そんなところの出身です。
そこから小中高と地元の公立の学校に行って、大学は東大の経済学部を出て、その後、慶應のロースクールを修了しました。
司法試験に合格し、弁護士を6年半くらいやってから、ハーバードの公衆衛生大学院に留学をしました。1年で公衆衛生学修士(MPH)を取り、その後スタンフォードのロースクールに行って、1年で法学修士(LLM)を取りました。
今後はUCLAの医学部で研究室に所属をして、ポスドク研究員としてアカデミアに籍を置いて活動を続ける予定です。
弁護士事務所にも変わらず籍は置いているので弁護士としての仕事も続けていきたいですし、公衆衛生や法学に関するアカデミアでの研究の活動もそうですし、あと僕はプラネタリーヘルスという「環境問題が人間の健康にどう影響をえるのか」という公衆衛生の分野に、すごく感銘を受けたので、プラネタリーヘルスをみんなにもっと知ってもらいたいと思っています。
公衆衛生やプラネタリーヘルスについて、特にビジネスサイドにその概念を浸透させていきたい思いがあるので、SNSでの発信だったり、色々な方と会って意見交換したり、コミュニティやイベントにお呼びいただき講演したりといった活動も行っています。
千代谷
東大の経済学部を卒業された後にロースクールに入られたのはどのような経緯からでしょうか?
南谷
東大に入った後に、そのまま就職するのか、何か資格をとって専門家になるのかどっちがいいのか悩んでいました。
弁護士になる一番の大きな契機だったのは学部3年の時に受講した労働法の授業です。経済学部の単位で法学部の労働法の授業が取れたんですよ。経済学に関しては今振り返ると正直勉強不足でしかなかったのですが、色々と学問としてもやもやすることが多かったです。
具体的には、果たして経済学が現実でどの程度役に立ち、現実の問題をどこまで解決可能かわからない感覚でした。経済学は人が合理的な判断をするのを前提にして様々な仮定を置いてパラメータを動かすとこういう理論が出ますよといった話だったりするので、仮定に仮定を積み重ねていることがしっくりこなかったのです。
今でこそ流行りの行動経済学がまだ出始めたばかりの時期(Dan Ariely著「予想どおりに不合理」が発売くらいのタイミング)で、まだ不合理な現実に経済学がどのように向き合うのかがあまり重要視されていなかったように感じました。繰り返しになりますが、これは私が経済学をしっかり勉強していなかった面も大きかったかもしれず、もっと勉強していれば違った印象を持ったかもしれません。
いずれにせよ、そんなもやもやした状態で労働法の授業を受けたとき、事例問題に判例とか法律の規範を当てはめると適法・違法といった結論がちゃんと出てくるんでですよ。法学を習っている人からすると当たり前かもしれないですけど個人的に当時の自分としてはそれが衝撃でした。当時の自分としては、法学が実学としてすごく役に立つものなんだ、というフレッシュな驚きを覚えました。
もともと、専門家として企業に貢献するのも面白いんじゃないかという思いもあったので、じゃあ弁護士になってみるのがいいんじゃないかと思って。それで企業法務をやる弁護士になろうと思いました。
千代谷
人生はわからないものですね。
南谷
本当にそうだと思います。たまたま法学部の授業を経済学部の単位で取れるんだ、ラッキーと思って取ってみたら、といった感じなので。
本当に人生何があるかわからないなと感じてます。
南谷
そうですね、一応数は少ないのですが、経済学部から法曹になる人もいます。東大経済学部の同期は、確か300人ぐらいだったと思うんですけど、その中で弁護士になったのは5人前後だと思うので、全体から見ればマイナーな進路だと思います。
千代谷
ロースクールを修了後に企業法務を担当する弁護士として働く中で、法律が社会に与える影響を実感した経験はありますか?
具体的なエピソードがあれば教えてください。
南谷
私が担当した事例に触れるのは、守秘義務の観点もあるのでここでは差し控えようと思いますが、法律・法律実務は、社会や企業に大きな影響を与えていると感じます。法律というもの自体は、所詮ルールといえばルールなのかもしれないですけども、その社会や我々の健康へのインパクトは無視できないものがあります。
例えば医師の先生方から見ると、現役の医師が逮捕された大野病院事件は相当衝撃的な事件だったと耳にしたことがあります。同事件を始めとした医療過誤訴訟が増加して、産婦人科の志望者が減る事態に発展したのは、法的問題が医療業界に大きなインパクトを与えた一例だと思います。
アメリカでも中絶に関する先例を覆した最高裁判決が世論を二分する大論争を引き起こしており、中絶を巡る実務にも大きな影響を与えたことから、裁判所の判断が人々の健康に影響を与える可能性があるといえます。
よりビジネスサイドでの例を挙げると、最近街中でよく電動キックボードを見かけるようになったと思うんです。あれも道路交通法の改正があったからこそできた新しいモビリティサービスといえます。
パーソナルヘルスレコード(PHR)を始めとしたヘルスケアデータの利活用のスキームを検討するにあたって、個人情報保護法の改正・解釈等の動向は非常に重要です。
その他にも、企業の設立、資金調達、訴訟対応、合併、倒産などなど、企業活動のあらゆる側面で法律は無視できない存在です。
このような感じで、法律の社会的な役割というものは非常に大きいと思っていますし、疾病予防や健康増進といった公衆衛生上の課題を検討する際にも、法律からのアプローチというのは非常に重要なのかなと思っています。
千代谷
2020年の4月にはコロナウイルスの影響により緊急事態宣言が発出されました。
企業法務領域でも多くのイレギュラー対応があったと思います。
当時のお仕事の状況はどのようなものでしたか?
南谷
そうですね、ちょうど2020年の春頃には一回ぱったりと企業活動が止まったなという思う瞬間があり、それだけ社会が混乱していた時期だったのだと思います。
企業活動が再開するに当たり、だんだんと労働法関連の相談が増えてきた印象があります。
例えば、「発熱している時に出勤命令していいのか」とか、「出勤したいという労働者の方々がいた時にそれを拒否していいのか」とか、「そのような場合に給料を支払う義務があるのか、義務があるとしていくら支払う必要があるのか」といった相談です。それ以外にも「内定取り消しをした場合にどういう影響が出るのか」、「雇用調整をした時にどういう影響が出るのか」といった様々な相談がありました。
そういった論点はもちろん今までの法律の枠組みの中で説明可能なものもあるのですが、明快な説明が難しい部分もありました。
ただ「分からない」と終わらせるわけにもいかないので、確定的な見解は出ていないけれども、これまでの実務を踏まえていくつかの解釈を示しながら、クライアントを頭を突き合わせながら進めることも多かったように感じます。
そのような対応を行う中で、現場の実務もそうですけど、保健医療システムを含めたヘルスケアシステム自体をどう考えていくのか、コロナウイルスが社会にどう影響を与えているのか、社会的な変化が人の健康にどう影響を与えるのか、といったより上流にある問題意識にも関心が向くようになりました。
それが最終的には、公衆衛生への興味にもつながっているように思うので、自分にとってコロナ禍での経験は大きかったのかなと思います。
千代谷
労働法務だけではなく、ヘルスケア法務の対応が増えていったのもやはりコロナの影響が大きかったのでしょうか?
南谷
そこも一つありましたし、その前後でヘルスケアデータの活用が盛んに言われるようになってきていたことも大きな理由かなと思います。
例えば、パーナルヘルスレコード(PHR)やカルテデータ(EMR/EHR)の利活用とかですね。
労働法務の中でも従業員の健康診断データをどう取り扱うべきなのか話題が出てくるようになってきたのですが、その流れでヘルスケア関連の個人情報保護法関連のアドバイスも行うことが増えたように思います。
もう一つ大きな流れとして、従業員のメンタルヘルスの問題というものが労働法務をやる中でも結構大きな問題を占めてくるようになってきていました。
例えば従業員が休職をした時に会社としてどう対応するのか。主治医から復職可能という診断が出ている場合に、それをどれくらい信用して復職を検討するべきなのか、産業医にはどう相談して、その意見をどう判断すればいいのか。もちろん法的な検討も必要な部分はあるんですが、より医学的な知見、そもそもメンタルヘルスの問題がどういう状況で生まれるのかといった知見にも関心を持つようになりました。
Next Chapter
Future Chapters (Tentative titles)
Chapter 3:スタンフォード大学ロースクール
Chapter 4:パブリックヘルスと医療政策
Chapter 5:プラネタリーヘルス
Chapter 6:人生を変えた決断と今後の展望