ハーバード公衆衛生大学院を修了された後にスタンフォード大学のロースクール（法科大学院）に入学されたのはどういった経緯からでしょう？

健康を学際的なアプローチで研究する公衆衛生に感銘を受けたのですが、それを法的な視点から改めて再構築したくなり、米国のロースクールを受験しました。医療政策を含めた公衆衛生法の教員がロースクールにおり、日本においても著名な大学としてスタンフォード大があり、運よく合格できたので進学することにしました。

また、スタンフォード大を選んだ他の理由として、プラネタリーヘルス研究が非常に盛んである点が挙げられます。ハーバードの時、環境問題が人間の健康にどう影響を与えるのかという、プラネタリーヘルスという概念と出会い、非常に感銘を受けました。スタンフォードは、医学部（School of Medicine）サステナビリティ大学院（School of Sustainability）がコラボしてプラネタリーヘルス研究に力を入れており、プラネタリーヘルスに関する授業もハーバードと比べて多い印象でした。

ロースクールのプログラムは、具体的にどのようなものでしたか？

LLMという外国人弁護士向けの1年制の法学修士コースに入学しました。いくつかの専攻に分かれているのですが、ヘルスケア法が含まれていた、Law Science and Technologyを選びました。この専攻は、知的財産やIT、個人情報保護を専門にする弁護士も多く学んでいました。

また、ロースクール内のリサーチセンターの一つである『Center for Law and Bioscience』に、学生フェローとして所属していました。ヘルスケアやバイオサイエンスに関し、法学的な観点から専門的な研究を行う教授たちが所属しており、そこでセンターが運営するブログに最新のトピックを投稿したり、関連する授業を受講してロースクール内外の教員との交流を行ったりしていました。

ハーバードとスタンフォードの両方に通われたご経験を振り返って、学習環境の違いやそれぞれの印象について、どのように感じられましたか？

どちらもリベラルな大学なので、劇的な違いはないように思います。ただ、一つ大きな違いを挙げると、ハーバードはボストンの市街地に近く、都会の中にキャンパスがあり、スタンフォードは、サンフランシスコやサンノゼといった都市から車で1時間ほど離れた郊外にあるという点です。スタンフォードの最寄はパロアルトという町ですが、人口6万人程度の小さな町で、その周りも同じような規模の町が点在している感じです。

また、大学の敷地の広さについて言えば、スタンフォードはハーバードと比較してかなり広く、杉並区くらいの面積があると聞いています。その広いキャンパス内で、すべてが完結するような生活が送れるため、集中して研究や勉強に取り組むにはスタンフォードが適しているのではないかと思います。スタンフォードはカリフォルニアの中ではやや保守的な大学だと聞いたことがありますが、周りの学生の雰囲気を見る限り、ハーバードと同様かなりリベラルな印象でした。ただし、カリフォルニア大学と比較すると、パレスチナに関するデモで過激な行動を取る学生は少ないように感じたので、そういう意味では穏健なリベラルなのかもしれません。

物価は大きく違いますか？

ボストンとサンフランシスコはほぼ同じくらいの印象ですが、どちらも高いことには変わりありません。どちらかに行ったからといって、物価が極端に変わるわけではありません。寮の費用もだいたい同じくらいでした。

生活面で言うと、例えば日系スーパーやアジア系の商品を手に入れたい、アジア系のコミュニティに近いところに住みたいというのであれば、スタンフォードの方が良いと思います。ボストンはニューイングランド地域（アメリカ北東部）に位置しており、白人社会の色が強い地域です。一方、西海岸はアジア系やヒスパニック系が多く、その違いは事前の予想以上に大きなものでした。

東海岸と西海岸の日本人研究者や、日本企業からの駐在員、あるいはその方面の関係者がそれぞれどのようなコミュニティを形成しているのかについてお話を伺いたいです。実際に日本人コミュニティで出会った人々について、どのような印象を持たれましたか？

ボストンの場合、現地に住んでいる日本人や企業の駐在員は、シリコンバレーに比べるとかなり少ない印象でした。主にハーバードやMIT、ボストン大学にいる研究者や、製薬企業に関わる人たち、そして学生が中心です。それに比べてシリコンバレーの方は大学関係者や学生以外にも、日本企業がオフィスやデスクを置いており、現地在住の日本人も多いため、日本人の数が多く、日本人コミュニティも大規模です。日本人と幅広いネットワークを築きたい場合は、西海岸の方が適しているかもしれません。

南谷さんはヘルスケアテックにもお詳しいと思いますが、西海岸や東海岸のスタートアップとの交流はありましたか？

インフラは整っていたのですが、私はうまく活用できず、その点は後悔しています。公衆衛生大学院時代は、通常の学校の授業関連の予復習に加えて、ロースクールの出願手続きにかなり時間を割いていたため、十分に時間を割けませんでした。それでもスタートアップ関係者と知り合う機会はありました。一方で、西海岸では、AIや医療に関心を持って起業を目指している、またはすでに起業している日本人が多く、大学を休学して企業に挑戦している人もちらほらいました。

ボストンでも学生の視察や企業訪問は盛んに行われていましたが、実際に拠点を移して起業している人の数は西海岸の方が多い印象です。これはやはり地理的な距離の近さが影響していると思いますし、シリコンバレーには日本政府も企業派遣やスタートアップ文化の促進に力を入れているのも大きな要因だと思います。